Research

研究例

シカ個体群動態から推測される植生の動態

 
 
シ カの増加に伴って、植物が減少していることが問題となっています。シカの採食圧の影響を受けやすい植物種に関しては、一般的にシカの生息密度と個体密度の 関係が下の図のようになっていると考えられています。つまり、シカ密度の上昇によって個体密度が減少していくのです(ただし、その減り方は種によって異 なっていることでしょう)。こうした関係を根拠に、シカの数を減らして、植物を増やそうとする取り組みが各地で実施されています。



 ところで、過去のシカ個体群の動態を復元してみると、過去においてシカはかなりたくさんいたことが解っています。そうなると、シカに感受性の高いこうし た植物種の動態も推測することができることでしょう。過去のシカの動態と、シカ密度と植物個体密度の関係が本当なら、こうした植物種の動態は次のようなも のだったことになります。

シカ個体群動態および、シカが多いと減少する植物種の個体群動態の模式図。シカの激減期(A期とB期の間)は早い場所では明治中期頃、遅い場所では1940-50年代と考えられる。植物の動態については、今のところB期以降の変化しかわかっていない
 

 つまり、過去にシカが多かったのであれば(A期)、これらの植物は少なかったことになります。その後、数十年から約100年間,各地でシカが絶滅状態あるいは非常に少なかった時期が続いたことが解っています。実は未だにシカが絶滅したままの地域も残っています。この時期(B期)には、これらの植物はシカの採食圧から解放され,かなり増加していたことになります。そして、シカ個体群が回復してくると(C期:現在)、これらの植物は再び少なくなるわけです。

 ここでシカが極端に少なかったB期からC期の状態を見れば、植物は激減したことになります。一方、A期からC期を見ると、もとの状態に戻ったとも考えられます。もしそうなら、シカ個体群の回復に伴う植物種の減少は、必ずしも絶滅へ向かう過程とは言いきれなくなります。少なくともこの30-40年の植物減少のある程度は、本来の状態へ戻った部分に相当するとみなせます。
 しかし、残念ながら、
A期における植物の状態に関する情報は乏しく、B期以降の情報しかありません。自然をどのように守っていくか考えるためには、シカが多かった頃の植物の状態を明らかにする必要があります。


参考文献

揚妻直樹(2009)シカは森林の破壊者なのか?「北方林業創立60周年誌 北の森づくりQ&A」北方林業会編.北方林業会.pp114-117.
揚妻直樹(2010)「シカの生態系破壊」から見る日本の動物と森と人.池谷和信編「日本列島の野生生物と人」世界思想社.pp.149-167.
揚妻直樹(2012野生シカに対する順応的管理のための戦略的スキーム.保全生態学研究17:131-136.
揚妻直樹(2013)
シカの異常増加を考える.生物科学65: 108-116.
揚妻直樹(2013)
野生シカによる農業被害と生態系改変:異なる二つの問題の考え方.生物科学65: 117-126.