Research

研究例

常緑広葉樹林内に生息するヤクシカの採食行動

ヤクシカの採食行動を個体追跡法によって調査しました。西日本のシカは 東・北日本のシカと異なり、広葉樹の葉を多く食べていることが知られていました。しかし、これまでの糞や胃内容物を用いた分析法では、それが落ちた葉なの か、生きていた葉なのか区別できません。また、種同定も困難なため、どの植物種が多く食べられるかも知ることはできませんでした。シカがどの種の葉をどれ だけ食べるのかを知ることは、シカが森林生態系の中でどんな役割を果たしているのか考える上で重要なことです。私たちは、シカを直接よく見ることで、その 問題を解決しました。

自然林が多く残されている場所で、ヤクシカの行動をよく見ると、彼らは 基本的に落ち葉を食べていることが解りました。彼らの食べることのできる植物の生葉は森にまだあるのに、落ち葉の方を選択していたのです。その他にも落ち てきた果実や種子もよく食べており、そうした森林内降下物(リター)が平均すると彼らの食物の7割を占めていました。一方、生きている木や草の葉、樹皮や根などは全体の3割でした。そう考えると、ここのシカは生態系の中では一次消費者といよりも、分解者として大きく機能していることが解ります。

また、この自然林にはヤクシマザルも生息しています。彼らが木の上で採食したり、移動したりする際に、落とされる食物も、シカにとって重要であることが解りました。平均するとシカの食物の内の約1割はサルによってもたらされたものであり、その中には特に果実など栄養価が高いものが多く含まれていました。

調査地における木本稚樹構造。最も低い枝葉の高さ(最下生枝下高)別の階級値を示している。ヤクシカが直接食べることのできる高さは観察から120cm程度と考えられる。これを見る限り、稚樹構造は逆J字構造となっている。黒色と灰色部分はシカの食物であることが確認されいる種の稚樹である。稚樹に占める食物種の割合は120cm以下の階級でも95%以上であり、そのほとんどが採食可能であることが解った。

 

 シカがリターを食べているというと、シカが下層植生を食べつくしたため、えさが乏しくなったので仕方なく食べてい ると解釈されてきました。しかし、上の図を見る限り、この調査地ではシカが採食している樹種の稚樹が枯渇している状況ではありません。通常、シカ密度が高 い場所では小さい稚樹ほど少なくなる傾向にありますが、少なくとも調査時点ではそのようなことも起きていません。つまり、この地域のシカは生葉よりも落ち 葉を好んで食べていることが解りました。

これまで野生のニホンジカについては、その行動がよく研究されてこなかったために、多くの点が不明なままでした。しかし、彼らの行動をよく観察することで、今後、新しい知見が得られると思われます。

 

参考文献

:Agetsuma, N, Agetsuma-Yanagihara, Y, Takafumi, H (2010 in press) Food habits of Japanese deer in an evergreen forest: Litter-feeding deer. Mammalian Biology 76: 201-207.

揚妻直樹・揚妻-柳原芳美(2006)ヤクシカの森林環境利用.「世界遺産 屋久島」大澤雅彦・田川日出夫・山極寿一編著.朝倉書店.pp.143-149.

揚妻直樹(2005) 食物網.「森林の科学-森林生態系科学入門-」中村太士・小池孝良編.朝倉書店..pp80-85.

揚妻直樹(2006)野生動物の管理と保護.「フィールド科学への招待」.北海道大学北方生物圏フィールド科学センター編.三共出版..pp98-108.

揚妻直樹(2005) やくしかノート1(食物編).生命の島7121-26.